〔成分及び分量〕 桔梗2.0,甘草1.0~3.0
〔用法及び用量〕 湯
〔効能又は効果〕 咽喉がはれて痛む次の諸症:扁桃炎、扁桃周囲炎
〔解説〕 傷寒論、金匱要略
甘草湯に桔梗を加えた処方である。咽喉の炎症に用いるのであるか台,ひと息に飲まず,うがいしながら飲むとよい。
生薬名 参考文献 |
桔梗 | 甘草 | 用法・用量 | |
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処方分量集 | 2 | 3 | 左1日量を法の如く煎じ1日2回服用する。 | |
診療の実際 | 2 | 3 | 以上1日量,法の如く煎じ1日2回に服用する。 | |
診療医典 | 2 | 3 | 以上1日量,法の如く煎じ1日2回に服用する。 | |
症候別治療 | 注1 | 2 | 3 | |
処方解説 | - | - | ||
後世要方解説 | - | - | ||
漢方百話 | - | - | ||
応用の実際 | 注2 | 2 | 3 | |
明解処方 | 2 | 3 | ||
漢方処方集 | 1 | 2 | 賤径d分服。便法,桔梗1.5,甘草3.0として水半量,常煎法。 | |
新撰類聚方 | 注3 | 1 | 2 | 2回分服 |
漢方入門講座 | 1.5 | 3 | 原方は1日2回分服だがここには3回分服のよう残分量を訂正しておいた。 | |
漢方医学 | 2 | 3 | ||
精撰百八方 | - | - | ||
古方要方解説 | 注4 | 4 | 8 | 1回に温服す(通常1日2,3回) |
成人病の漢方療法 | - | - |
注1 傷寒論には,甘草湯でよくならない咽痛にこの方を用いることになっているので,急性咽頭炎にも用いるが,扁桃炎や扁桃周囲炎で悪寒や熱のないものに用いてよい。扁桃炎,扁桃周囲炎などで,のどが腫れて嚥下困難を訴えるものに用いる。
注2 1)咽喉の腫痛に用いる。痛みは相当に強く,甘草湯では治りがたいほどで,化膿の傾向があるとき。
2)咳がでて,胸が張って苦しく,膿様の喀痰を久しい間喀出しているもの。
注3
1)咽頭炎,喉頭炎,扁桃腺炎等で咽痛し発熱しても他の表証がないもの
2)肺壊疽,肺膿瘍,腐敗性気管支炎等で咳嗽う応性喀痰があるもの,初期または軽症。
注4 故に類聚方広義にいわく「甘草湯証ニシテ,腫膿有り,或ハ粘痰ヲ吐スル者ヲ治ス」と。この説,能く本方の効用を約言せりというべし。
参考 臨床応用傷寒論解説 大塚敬節著
感冒で悪感,発熱を訴えて咽の痛むものは,多くは太陽病であるから,葛根湯,葛根湯加桔梗石膏などを用いるが,軽症の感冒で,発熱がなく,ただ咽に痛みだけを訴えるものには甘草湯を用いる。この場合,咽が急迫状に痛むものもあるが,疼痛がそんなにひどくないものもある。この場合,一口ずつ咽に含んで,徐々に飲み込むようにすると良い。ところでもし甘草湯を用いて効がなく,扁桃炎を起こして咽の痛むようなものには桔梗湯がよい。この扁桃炎の場合も,発熱,悪寒,脈浮数があれば,太陽病として処置すればよい。
『明解漢方処方 (1966年)』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
甘草湯(かんぞうとう) (傷寒論)
処方内容 甘草八、〇(八、〇)
必須目標 ①炎症が軽微、または炎症全くなし。②痛味が劇思惟(主に咽痛、肛門痛)
確認目標 ①咳嗽 ②腹痛 ③歯痛 ④嘔吐
初級メモ ①本方は漢方には珍しい単味の処方で、主に頓服として用い、長期連用することは少ない。
②痔の痛みには、服薬すると共に煎液で温罨法すると良い。
③本方の甘草は炙(あぶ)らずに使う。
中級メモ
①咽痛には本方より、むしろ類方の桔梗湯か半夏散及(きゅう)湯がよく用いられ。この方は痔痛、婦人陰部痛の洗滌剤として繁用する。
②神経性嘔吐で服薬不能の患者には、先ず甘草湯で鎮嘔してから、治療剤を服するようにするとよい。もしその嘔吐が神経性でなく水毒によるものなら、小半夏加茯苓湯で鎮嘔する。
②神経性嘔吐で服薬不能の患者には、先ず甘草湯で鎮嘔してから、治療剤を服するようにするとよい。もしその嘔吐が神経性でなく水毒によるものなら、小半夏加茯苓湯で鎮嘔する。
③南涯「裏病にて上に在るなり。気逆して急迫する者を治す。少陰病は気逆の状なり。曰く咽痛はこれ急迫なり」。
適応証 痔痛。陰部痛。発声過度による咽痛。反射性咳嗽。胃痙攣。歯痛。口内炎。
類方 桔梗湯(傷寒論、金匱)
桔梗二、〇甘草三、〇(五、〇)。咽喉内赤く腫れ、または化膿しているような咽痛に用いる。腫れている点で甘草湯と区別する。
文献「甘草煎の妙用」矢数道明(漢方百話)類方 桔梗湯(傷寒論、金匱)
桔梗二、〇甘草三、〇(五、〇)。咽喉内赤く腫れ、または化膿しているような咽痛に用いる。腫れている点で甘草湯と区別する。
「甘草内服による浮腫」同(続・漢方百話)
「甘草湯を中心として」館野健(漢方の臨床6、3、1)
『勿誤薬室方函口訣解説(18)』 日本東洋医学会評議員 藤井美樹
桔梗湯(傷寒論)
次は桔梗湯(キキョウトウ)で、これは『傷寒論』に載っており、桔梗(キキョウ)、甘草(カンゾウ)の二味であります。「此の方は、後世の甘桔湯(カンキツトウ)にて、咽痛の主薬なり。また肺癰の主方となす。また大棗(タイソウ)と生姜(ショウキョウ)を加えて排膿湯(ハイノウトウ)とす。いろいろの瘡瘍に用う。また此の方に加味して喉癬にも用う。また、薔薇花を加えて含薬とする時は肺痿、咽痛、赤爛する者を治す」とあります。
非常に喉が痛んで、『傷寒論』の中に「少陰病で二、三日咽痛するものは甘草湯(カンゾウトウ)を与うべし。差えざる者は桔梗湯を与う」と出ております。また、『金匱要略』には「欬して胸満、振寒、脈数、咽渇きて渇せず。時に濁唾腥臭(だくすいせいしゅう)を出し、久々に膿吐くこと、米粥の如きものは肺癰となす。桔梗湯これを主る」とあります。つまり簡単な喉の痛みには甘草湯を使いますが、喉の痛みの非常に詞しく、赤く腫れて化膿したりするという場合には桔梗湯を使うということであります。
桔梗の根は化膿を防ぐ効力があり、またすでに化膿しているものの膿を早く排除するとか、痰の切れをよくする(袪痰)働きがあります。漢方では非常に大切な薬で、化膿性疾患、あるいは化膿の予防という場合に桔梗の入った薬方を使います。
現在小学校の五年生の女の児ですが、始終喉を腫らしてよく耳鼻科を受診しておりましたが、その子供に二味の桔梗湯を与えましたところ、喉の腫れがほとんどなくなり、体も非常に元気になって感謝された経験例があります。
『■重要処方解説(104)』 川芎茶調散(せんきゅうちゃちょうさん)・桔梗湯(ききょうとう)
日本東洋医学会理事 中田敬吾
■桔梗湯・出典・構成生薬・薬能薬理
次に桔梗湯(キキョウトウ)についてお話しします。桔梗湯は『傷寒論』に記載された処方であります。その主治としては「少陰病,二,三日喉痛む者,甘草湯(カンゾウトウ)を与うべし。癒えざる者は桔梗湯を与えよ」と記載されています。すなわち,少陰病の状態になり,喉の痛みが出現した場合は,まず甘草湯を投与すべきであり,それで治らない時は,桔梗湯を用いて治すということであります。甘草湯というのは,甘草1味を煎じたもので,喉の痛みに用いる薬ですが,鎮痛効果に優れており,口内炎の痛み,あるいは外用で,痔や脱肛の痛みにも用いて効果があります。
この甘草は芍薬(シャクヤク)と組み合わせることにより,筋肉の痙攣や痛み,内臓平滑筋のspasmusによる痛みや,潰瘍の痛みを治す効果が出現します。また一方,桂枝(ケイシ)と甘草を組み合わせると,自律神経失調に伴う強度の動悸を鎮める効をが出現し,桔梗(キキョウ)と組み合わせることによって喉の痛みを治す効果が増強するなど,作用スペクトルの非常に薬物であり,薬方の中でも最も頻用される生薬であります。
『傷寒論』ではもう1ヵ月,桔梗湯の条文があります。すなわち「咳をして胸が一杯な感じがし,悪寒して震え,脈は数,喉は乾いているが水は飲みたがらず,時には生臭い臭いのする濁った唾を出し,日にちが経過すると,米の粥のような膿を吐き出すものは肺瘍となすが,これは桔梗湯が主る」と記載されています。これは桔梗湯が肺膿瘍(Lungenabszess)に応用できることを示唆したものであります。『傷寒論』の2ヵ所の条文から,桔梗湯は喉の痛みと,肺膿瘍,あるいは肺膿瘍時のごとき膿のような喀痰を喀出する時に用いる薬といえます。
『外台秘要』にも桔梗湯という処方が記載されていますが,これは『傷寒論』の桔梗湯に,木香(モツコウ),地黄(ジオウ),敗醤(ハイショウ),薏苡仁(ヨクイニン),桑白(ソウハク),当帰(トウキ)を加えたもので,肺膿瘍などで桔梗湯を用いても改善せず,膿性喀痰が多く,体力が次第に衰えてきている時期に用いています。
桔梗湯は,桔梗と甘草の2味からなっている簡単な処方です。甘草については先ほど簡単に述べました。桔梗は本草書では,味が苦辛で,色が白いことより,五行では金に属し,肺に入って熱を瀉し,合わせて手の点陰心経,足の陽明胃経に入るとなっています。そして体表部の寒の邪を逐い,目や頭,喉の病気を除き,胸膈内の気のうっ滞を開くと記載され,症状としては痰が溜まってきたす呼吸困難,鼻閉,目の充血,喉痺(ジフテリア),喉の痛み,歯の痛み,口燥(口内炎),肺癰,空咳,胸膈の痛み,下痢,腹痛,腹満,腸鳴を治すといわれております。
味が苦ということは,抗炎症作用を持ち,体内の熱を除く効果があります。辛の味は気を巡らし,寒の邪を逐いやります。また排膿効果にも優れ,化膿性炎症時に桔梗が頻用されています。桔梗の抗炎症排膿効果を利用して,排膿湯(ハイノウトウ),排膿散(ハイノウサン)が作られています。臨床的にもなかなか効をのある処方であります。
■古典・現代における用い方
浅田宗伯(あさだそうはく)の『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』では,「この方は,後世の甘桔湯(カンキツトウ)にて咽痛の主薬なり。また肺癰の主方とす。生姜(ショウキョウ),大棗(タイソウ)を加えて排膿湯とす。諸瘡瘍に用う。この方に加味して,喉癬(ジフテリア)にも用う。また薔薇花を加えて含薬(うがい薬)とする時は,肺癰,喉痛,赤爛する者を治す」と記載されております。
このように桔梗湯は,痛みを伴う喉の炎症,肺膿瘍に応用されますが,ほかにも歯齦膿瘍,化膿性副鼻腔炎,化膿性中耳炎,むし歯など,耳鼻咽喉,口腔領域の炎症に応用され,効果の高い処方です。
『傷寒論』の文章で,少陰病とありますが,この記載には拘泥せず,喉の痛みを目標にすればよいと思います。喉には少陰腎経の経絡が走っており,喉の痛みは少陰腎経の病いと考えるために,この少陰病といった記載が出てきたものと思われます。太陽病の時期であっても,少陽病の時期であっても,喉の痛みは出現しますので,特に少陰病の喉の痛みと限定する必要はないと思います。
桔梗湯は,桔梗と甘草の2味で,薬味が少ないため効果も鋭く,速やかに反応が出てきます。以前はこの処方を用いて治療する急性化膿性疾患が多くありますが,近年は桔梗湯適応症と思われる例は,ほとんどが西洋医学的に抗生物質などで治療を受けており,私ども漢方専門外来では,本処方を単独で用いる機会はほとんどなくなっております。ただ,抗生物質による治療により,消化器症状をはじめいろいろ副作用が起きることが多く,化膿性疾患に対し抗生物質を投与する際に桔梗湯を併用しておきますと,抗生物質の使用期間も短縮され,かつ副作用発現が大きく防がれると考えます。
私どもは,桔梗湯は他の処方に合方して用いております。たとえば,かぜを引き喉の痛みを訴えている場合には葛根湯,葛根湯加半夏(カッコントウカハンゲ),あるいは柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ),小柴胡湯(ショウサイコトウ)などに桔梗を加え,桔梗湯との合方という形で頻用しております。炎症状態が強い場合は,さらに石膏(セッコウ)を加えることもあります。副鼻腔炎で膿の貯留が多い時は,葛根湯加川芎辛夷(カッコントウカセンキュウシンイ),柴葛湯加川芎辛夷(サイカツトウカセンキュウシンイ)に桔梗湯を合方したり,あるいは排膿散,排膿湯を合方して用います。
中耳炎,あるいは耳下腺炎の時は,小柴胡湯合桔梗湯加石膏(ショウサイコトウゴウキキョウトウカセッコウ)という形で用いる機会が多く,かつ有効です。歯槽膿漏などの歯齦の腫れと痛み,歯痛などには,葛根湯合桔梗湯加石膏(カツコントウゴウキキョウトウカセツコウ)という形で用います。喉の痛みの強い場合は,桔梗湯と半夏散及湯(ハンゲサンキュウトウ)との合方で用いる時もあります。喉の鎮痛効果に非常に優れた処方が,この桔梗湯であります。
以上,桔梗湯は体の上部の炎症で,痛みや化膿の強い場合に応用して効果がありますが,西洋医学的には鎮痛剤,抗生物質などで治療する時が,桔梗湯に適応しているといえます。
参考文献
王 燾:『外台秘要』.小曾戸洋監修,東洋医学研究会,大阪,1981
浅田宗伯:『勿誤薬室方函口訣』1878年版.近世漢方医学書集成巻95,名著出版,1982
誌上漢方講座 症状と治療
生薬の配剤から見た漢方処方解説(3) 村上光太郎
4.桔梗について
桔梗を民間薬として使用する場合は排膿、鎮痛、袪痰、解熱、強壮剤として咽喉痛、扁桃炎、気管支炎、肋膜炎、化膿症等に広く用いられている。しかし漢方で は桔梗の薬効が他の生薬と組み合わせて用いることによって変化することを重視している。すなわち、桔梗の作用は患部に膿や分泌物が多いものを治すが、この 桔梗を芍薬と共に用いれば患部が赤く腫れ、疼痛のあるものを治すようになる。
これを間違えて、桔梗を発赤、腫脹、疼痛のある人に用いたり、桔梗と芍薬を合わせて膿や分泌物の多い人に用いたりすれば、治すどころかかえって悪化する。
そ れでは患部に膿がたまって分泌物が出ている所もあるし、発赤、腫脹、疼痛のある部分もあって、どちらを使ったらよいかわからないような時にはどうしたらよ いであろうか。このような時には桔梗に芍薬と薏苡仁を組み合わせて用いるか、桔梗に荊芥、連翹(荊芥あるいは連翹だけでもよい)を組み合わせて用いるよう にすればよいのである。
これを実際の薬方にあてて見ると更に明瞭となる。すなわち排膿湯(桔梗、甘草、生姜、大棗)では桔梗に芍薬が組み合わされていないため、患部は緊張がなく、膿や分泌物が多く出ている場合に用いる薬方である。しかし排膿散(桔梗、芍薬、枳実、卵黄)では桔梗は芍薬と組み合わされているため、患部は赤く腫れ、疼痛のある場合に用いるようにかっている。ところで、この薬方に組み込まれている枳実のように、気うつを治す生薬(例、厚朴、蘇葉)を加えれば他の生薬の薬効を強くする作用がある。従って本方では桔梗と芍薬の組み合わせによる腫脹、疼痛を治す作用は更に強くなっている。
葛根湯の加減方は多くあるが、その中で桔梗の入った加減方を見ると、炎症によって患部に熱感のあるものに用いる葛根湯加桔梗石膏という薬方がある。この基本の薬方である葛根湯をわすれ、桔梗と石膏のみを見つめ、桔梗は温であるが、石膏は寒であるから逆の作用となり、組み合わせるのはおかしいと考えてはならない。なるほど桔梗と石膏は相反する作用をもったものであっても、桔梗と葛根湯の中に含ま れている芍薬とを組み合わせたものと、石膏とは同じ作用となり、相加作用を目的に用いられている薬方であることがわかる。従って同じ加減方は桂枝湯にも適 用され、桂枝湯加桔梗石膏として用いられるが、同じ表証に用いる薬方でも、麻黄湯に適用しようと思えば、麻黄湯加桔梗石膏ではなく、麻黄湯加芍薬桔梗石膏 として考えなければならないことは今更言うに及ばないことであろう。
また患部に化膿があり膿汁も多く、また発赤、腫脹もある人に葛根湯を用いる場合は葛根湯加桔梗薏苡仁として与えなければならないことも理解できよう。桔梗と荊芥(連翹)の組み合わせの例には十味敗毒湯(柴胡、桜皮、桔梗、生姜、川芎、茯苓、独活、防風、甘草、荊芥)がある。本方は発赤、腫脹もあるが化膿もあり、分泌物が出ている人に用いる薬方である。
※村上光太郎先生は、排膿散及湯の効能は、基本的には、排濃散の効果、すなわち、桔梗と芍薬の組み合わせの効能になるとおっしゃっています。
『漢方薬の実際知識』の初版(昭和47年12月25日)には、排膿散及湯が記載されていましたが、増補版(昭和56年8月25日)からは、排膿散及湯は削除されました。
同様に、小柴胡湯に桔梗と石膏を加えた小柴胡湯加桔梗石膏についても、小柴胡湯(柴胡、半夏、生姜、黄芩、大棗、人参、甘草)には芍薬が含まれていないので、組み合わせとしてはおかしいとのことです。
『漢方薬の実際知識』 東丈夫・村上光太郎著 東洋経済新報社 刊
第九章 生薬の配剤からみた薬方解説
漢方治療は随證療法であることは既に述べたが、このことは言い方を変えれば、病人の現わしている「病人の證」と、生薬を組み合わせたときにできる「薬方の 證」とを相対応させるということである。「病人の證」は四診によって得られた各種の情報を基に組み立てられ、どうすれば(何を与えれば)治るかを考えるの であるが、「薬方の證」は配剤された生薬によって、どのような症状を呈する人に与えればよいかが決定される。したがって「病人の證」と「薬方の證」は表裏 の関係にある。「薬方の證」は一つの薬方では決まっており、「病人の證」は時とともに変化し、固定したものではない。
しかし「病人の 證」、「薬方の證」のいずれもが薬方名を冠しているため、あたかも證の変化がないように「病人の證」を固定化して考え、変化のない薬方の加減、合方などを 極端に排除したり、あるいは反対に各薬味の相加作用のみによって薬方が成立していると考え、無責任な加減がなされるなど、間違ったことがよく行なわれてい る。本方の薬方解説は 第二章 2漢方薬が薬方を構成する理由 のところで明記したように、生薬の配剤を基に記しているが、配剤に関しての説明が不十分で ある。したがって薬方解説の各節の区分の理由を明確にし、加減方、合方などを行なうときの参考となれるように記した。
二種以上の生薬を組 み合わせて使用したときに起こる現象は相加作用、相殺作用、相乗作用、方向変換などで言い表されることは既に述べたが、一般の薬方のように多種類の生薬が 配剤された場合においてはさらに複雑で、桂枝、麻黄、半夏、桔梗、茯苓、附子などのように個々の生薬の相互作用で理解できるものと、柴胡、黄連・黄芩、芍 薬などのようにその生薬の有無、量の多少によって薬方の主證あるいは主證の一部が決定するものとがある。したがってある薬方の薬能を考えたり、薬方を合方 して使用する場合にはそれらのことを注意して考えなければならない。
1 生薬の相互作用で理解できるもの
5 桔梗について
桔梗は単独で用いれば膿や分泌物のあるときに使用し、膿や分泌物を除く作用がある。これに芍薬が組み合わされると作用は一変して、発赤、腫脹、疼痛に効く ようになるが、誤って膿や分泌のあるときに使用すればかえって悪化する。しかし桔梗に芍薬と薏苡仁を加えれば発赤腫脹の部分があり、しかも分泌物が多く出 ている部分もある場合に効くようになる。桔梗に荊芥・連翹を加えても同様の効果がある。
たとえば排膿湯(桔梗、甘草、生姜、大棗)は桔梗 単独の作用、すなわち患部に膿や分泌物のあ識ときに用いるが、排膿散(桔梗、芍薬、枳実、卵黄)となれば、桔梗と芍薬の組合せとなり、発赤、腫脹、疼痛の あるものに用いるようになる。誤って使用しやすい例に葛根湯の加減方がある。すなわち葛根湯加桔梗石膏の桔梗と石膏はあたかも相反した、寒に用いる桔梗 と、熱に用いる石膏が組み合わされているように見えるが、桔梗は葛根湯の中に含まれている芍薬と組み合わされたものであり、石膏との相加作用を目的に作ら れたものである。したがって本方は上焦の部位に発赤、腫脹、疼痛のあるときに用いられる。もし炎症もあるが膿もたくさん出るというようになれば前記の組合 わせにしたがって、葛根湯加桔梗薏苡仁にしなければならない。
これらの加減は同じ表証の薬方中では、梗枝湯には代用できるが、麻黄湯には芍薬とともに考えなければならないことは、いまさら言うに及ばないことであろう。この桔梗の組合せは種々の薬方に応用されるため、一つの系列としてはとりえない。
※唐辛子(とうがらし)は、桔梗の作用を無くす。(韓国理料)