40 五淋散-膀胱炎・尿道炎・淋疾・腎石・虫垂炎………六五八
40 五淋散(ごりんさん) 〔和剤局方・淋証〕
茯苓五・〇 当帰・黄芩・甘草各三・〇 芍薬・梔子各二・〇
「肺気不足し、膀胱熱あり、水道通せず、淋瀝出でず、或は尿豆汁の如く、或は砂石の如き、或は冷淋膏の如く、或は熱淋尿血の如く、皆治して効あり。」
熱膀胱にあり、淋瀝・難尿・血尿・膿尿・膏尿などを治す。すなわち、尿道炎・膀胱炎・膀胱結石・腎臓結石・淋疾・虫垂炎などに応用される。
山本厳氏『漢方の臨床』二〇巻九号にて発表。
『和漢薬方意辞典』 中村謙介著 緑書房
五淋散(ごりんさん) 〔和剤局方〕
【方意】 下焦の湿証による尿意頻数・排尿痛・残尿感等と、水毒による尿不利等のあるもの。しばしば血証を伴う。 《少陽病,虚実中間》
【自他覚症状の病態分類】
下焦の熱証 下焦の湿証 |
水毒 | 血証 | ||
主証 | ◎尿意頻数 ◎排尿渋難 ◎排尿痛 ◎残尿感 ◎尿混濁 |
◎尿不利 |
||
客証 | 発熱 口渇 感情不安定 便秘 下痢 力むと尿が漏れる 歯痛 |
手足冷 | ○血尿 |
【脈候】 脈力中等度。やや弱・滑数。
【舌候】 紅舌、乾湿中間にて微白苔から黄苔。
【腹候】 腹力中等度以下。
【病位・虚寒】熱証が中心的病態であるため陽証である。裏の実証はなく、少陽病に相当する。脈力、腹力より虚実中間である。
【構成生薬】 茯苓6.0 当帰3.0 甘草3.0 黄芩3.0 木通3.0 地黄3.0 車前子3.0 沢瀉3.0 滑石3.0 芍薬2.0 梔子2.0
【方 解】沢瀉・木通・車前子は寒性の利水薬であり、茯苓もこれに協力する。黄芩紙:梔子は本来は上焦英熱証を主り消炎・解熱作用を発揮するが、上記の利水薬と組合さって作用部位は下焦へと向かう。滑石は熱証に対応し、下焦の熱証による尿意頻数・排尿渋難・排尿痛・残尿感・尿混濁を除くことに寄与する。地黄は寒性の利水薬との組合せで血尿を治し、芍薬は鎮痙・鎮痛があり、他薬と共に排尿渋難・排尿痛を治す。当帰は血行を改善し、甘草は諸薬の作用を調整し補強する。
【方意の幅および応用】
A 下焦の熱証・下焦の湿証:尿意頻数・排尿痛・残尿感等を目標にする。
【参考】*膀胱に熱有りて、水道通ぜず、淋瀝して宜しからず、出ずること少なく起きること多きを治す。 『和剤局方』
*膀胱に熱有りて、水道通ぜず、淋瀝して出です。或は尿、豆汁の如く、或は沙石の如く、或は冷淋、膏の如く、或は熱沸し、便熱するを治す。 『万病回春』
*尿意硝数を本方の目標とする。本方意には口渇があるが、五苓散・猪苓湯ほどではない。便秘傾向があるが、竜胆瀉肝湯ほど強くはない。血尿があるが瘀血はない。
*炎症性慢性疾患で竜胆瀉肝湯・猪苓湯の無効なものに良い。非炎症性なら清心蓮子飲が第一選択になる。
【症例】膀胱炎
60歳の婦人。初診時の主訴は約30年前から膀胱炎、次いで腎盂炎となり、毎年これを繰り返して、常に頻尿、排尿困難、尿混濁などを訴えていた。体質は虚実中間型で血圧は140/90である。五淋散を服用すること5ヵ月で、膀胱炎の症状がきれいに取れて、その後腎盂炎も起きなくなった。そして今まで夏になって何か虫や蚊に刺されると炎症を起こし、その跡がなかなか治らず何年も跡か残っていたのに、今年は夏は虫に刺されても全くとがめず、跡が残らず、今までの虫刺されの跡までもきれいに消失してしまったのには驚いたという。
その後腹満を訴えるので桂枝加芍薬湯とした。この処方もとても具合が良いというので1年ほど続けたところ、腹満が良くなり、生まれつき臀部にあったうちわ程の大きな黒いしみがとても薄くな動:全身皮膚の色が白くなり、白髪が黒く変わってきて、近頃とてもスタイルが良くなったと言から人われるようになったという。思いもかけぬ二次的収穫に大喜びである。
矢数道明『漢方治療百話』第六集122
『重要処方解説Ⅰ』
五淋散・竜胆瀉肝湯(ゴリンサン・リュウタンシャカントウ)
岡野 正憲 日本東洋医学会/監事
本日は,五淋散(ゴリンサン)と竜胆瀉肝湯(リュウタンシャカントウ)についてお話しいたします。この両者は泌尿器系の疾患に多く用いられるという点に共通点がありますが,いずれも腎疾患に用いることはありません。漢方で薬方を用いる場合に,虚実という,生活反応の弱い,あるいは強いという点のみから分類しますと,五淋散は虚実中間証,あるいはやや虚証の場合に用いられますし,竜胆瀉肝湯は実証に用いられるという点において異なるところがあります。それでは順序によって,五淋散についてまず述べ,次いで竜胆瀉肝湯の方に移りたいと思います。
五淋散
五淋散は『和剤局方』という本に記載されている薬方であって,原典によれば,赤茯苓(アカブクリョウ),当帰(トウキ),甘草(カンゾウ),赤芍薬(アカシャクヤク),山梔子(サンシシ)の5種類の組み合わせですが,実用的には,茯苓,当帰,黄芩(オウゴン),甘草,芍薬,山梔子の6種類の組み合わせが用いられ,また『衆方規矩』などという本によれば,一方として茯苓,当帰,黄芩,甘草,芍薬,山梔子,地黄(ジオウ),沢瀉(タクシャ),木通(モクツウ),滑石(カッセキ),車前子(シャゼンシ)という11種類の組み合わせのものも記載されております。両者は同じくらい用いられているように思います。後者は薬の種類が多い方は地黄が入っているために,胃腸の弱い人に使う場合には注意する必要が悪ります。
五淋の淋という字は,現在の淋菌による淋毒性の疾患の意味ではなくて,小便の渋ってポタポタとしたたるという意味を表わしております。薬方の名称の五淋というのは,気淋(キリン),石淋(セキリン) ,膏淋(コウリン),労淋(ロウリン),熱淋という五つを指していましたが,その後,熱淋,膏淋,血淋(ケツリン),石淋,砂淋(サリン)という五つを指すように変わっております。いずれにせよ,尿の出場合の症状とか,出血,結石の有無などによって名前がつけられたとご承知おき下さい。
■構成生薬の薬能
この構成する生薬の効能を見ますと,茯苓は消化機能を増し,水分の代謝をよくし,心臓の働きを補い,水の通りをよくし,精神を安定するという働きがあります。つまり利尿,健胃,鎮静の作用があるというわけです。
当帰は血を補って渇きを潤おし,内臓の冷えを散らし,いろいろな病毒を司る働きがあるとされ,鎮静,鎮痛,補血,強壮作用がありますす。
黄芩は内臓の熱を解き,陽を攻撃し,体液の循環をよくし,黄疸を去り,熱感のある下痢をとめるという働きがあります。つまり消炎,解熱作用があるわけです。 甘草というのは毒を解き,内臓を温め,気を下し,渇きをと額,気や血液の通る道の通りをよくし,のどの痛みなどを治す働きがあります。つまり緩和,鎮痛,矯味という作用があるわけです。
芍薬は痛みのない知覚鈍麻を除い仲,硬いしこりを破り,痛みをとめ,消化機能の働きをゆるめ,悪い気を散らし,お産の前後のいろいろな病気を治すという働きがあります。つまり収斂,緩和,鎮痛,鎮痙の作用があるわけです。
山梔子は熱を除き,胸苦しさを取り去り,胸部および腹部臓器の帯りを取り,胸の痛み,吐血,鼻血などを治す働きがあり,消炎,利尿,鎮静,止血の作用があるといえます。
地黄は血を造り,手足をほてりをさまし,気血の通り道を整えたりする働きがあります。補血,強壮,解熱作用があるわけです。
沢瀉は膀胱に入って小便の通りをよくし,尿の出にくくなる熱病を除き,のどの渇きを止め,吐き気,あるいは下痢などを整える働きがあります。利尿,止渇,止瀉という三つの働きがあるわけです。
木通は同じく尿の出の悪い熱を除いて小便の通りをよくし,関節の働きをよくし,気の通り道を開き,新陳代謝のうまくいかない気をよくするという働きがあります。つまり消炎性利尿作用があるというわけです。
滑石は消炎,利尿,止瀉の作用があり,車前子は消炎利尿作用があります。これらの組み合わせにより,消炎,鎮痛,利尿,止血,解熱などの作用があり,合わせて気の働きを活発にするというわけです。
■使用目標
尿の出にくいもの,勢いよく出ないで淋瀝するもの,血尿,膿尿の出るもの,頻尿,排尿痛,残尿感のあるもの,尿の濁っているものに用いられます。
体質的に虚実という点から申しますと,実証が竜胆瀉肝湯(リュウタンシャカントウ)で,一番虚証が清心蓮子飲(セイシンレンシイン)であって,その中間の虚実中間またはやや虚証のところが五淋散,猪苓湯(チョレイトウ)といったところがあります。猪苓湯よりは五淋散の方がやや実証というところに用います。
現代医学的に申しますと,尿道炎,膀胱炎,腎臓結石,膀胱結石,淋毒性尿道炎など淋という症状,すなわち尿路の炎症,疼痛のために,小便のポタポタとキレギレに出る状態になっている場合に用いられるもので,そのような状態の結果,頻尿,排尿痛,残尿感が起こってくるわけであります。
■症例
第1例は44才の婦人で,3日前より尿意頻数,排尿後の不快感が起こったとのことです。体格栄養は中等度,食欲,便通も正常,頭痛,肩こりなどはありません。頻尿はありますが,血尿はなく,尿はあまり混濁しておりません。睡眠もよくて,夜間眠ってからあとは,あまり尿意は起こりません。脈も沈であって,舌苔を認めません。腹証はやや軟弱でありますが,力がないというほどではありません。腹部には動悸はあまり著明ではありません。
私はこのような膀胱炎の症状で軽いものには,今まで猪苓湯を用いることが多かったのですが,腹力が相当あるし,前回にも膀胱炎を経験していることから,五淋散を服用させてみましたところ,徐々に症状が軽くなってきまして,自覚的および他覚的な症状がとれましたので,一ヵ月で服用を中止しました。
第2例は35才の婦人,数年前膀胱炎を患ってから1年に1回くらい頻尿,排尿痛,残尿感などが起こるということです。今回は約1ヵ月前から,同一症状で抗生物質を服用しておりましたが,胃腸が弱く,食欲が失われるために服薬を中止し,漢薬を飲みたいということで来院したわけです。
体格も栄養も中等で,中肉中背,食欲は抗生物質の服用をやめてからだいぶよくなってきたということです。便通は1日1回あります。口渇はなく、頻尿は起こすが排尿痛は現在はあまり強くありません。残尿感はあります。睡眠は比較的よい方で,手足の冷えはありません。脈は沈ですが,実脈の方でありまして,舌に苔は認めません。腹証は中等度であまり変化はありません。五淋散を投与したところ,比較的早く頻尿はとれてきましたが,残尿感がしばらく続き,そのうち徐々に尿道の異常感もとれてきまして,食欲も正常となり約3ヵ月で服薬を中止しました。
第3例は20才の女子ですが,突然頻尿と混濁尿を訴えてきました。中肉中背で食欲,便通も正常で,脈も舌も,腹証などにもあまり特徴はありません。五淋散を服用させますと,諸症状も徐々に癒え,混濁尿も澄んできまして,症状が軽快しました。
■鑑別処方
竜胆瀉胆湯は,竜胆,当帰,地黄,木通,黄芩,沢瀉,車前子,山梔子,甘草の9種類の生薬で構成されています。泌尿器疾患のほかに,下腹部から会陰部にかけての炎症,腫脹,疼痛などにも用いられます。
これは肝経に症状があるために,臍の左右の脇の痛み,口の苦み,目の充血,耳の異常などがあって,下腹部の方に及んでくるというところで,尿のしたたりという症状はあっても,主証ではありません。五淋散の尿の淋瀝,混濁が主訴であるのとは異なっております。体格的にも,五淋散を用いる場合より実証であります。したがって症状の強いものがあります。
猪苓湯は,猪苓,茯苓,沢瀉,阿膠(アキョウ),滑石(カッセキ)の5種類の生薬で構成されております。『傷寒論』の場合は少陰という時期に入った場合の嘔気,咳,口渇を起こして不眠になった場合と,口渇があって尿の出の悪い場合に用いられるように述べておりますが, それを転用して,尿利の減少を伴う熱のある場合,尿の出が悪いものに用いられるわけであります。尿の淋瀝はこの場合は主訴ではありません。体質的にも虚実中間証,またはやや虚証に用いられますので,五淋散との鑑別が困難なこともあります。
八味地黄丸は地黄,山茱萸(サンシュユ),山薬(サンヤク),沢瀉,茯苓,牡丹皮(ボタンピ),桂枝(ケイシ),附子(ブシ)の8種類の生薬で構成されています。これは腎虚という状態,腎,副腎,生殖器系の機能の衰えた状態をいいますが,その状態によって尿利の異常を来たす場合に用いられます。体力的には五淋散より衰え,手足の冷えや,腰や足の弱った状態,夜間に尿が多いという状態,腹証で臍の下に力のないという状態が認められます。
清心蓮子飲は蓮肉(レンニク),麦門冬(バクモンドウ),茯苓,人参,車前子,黄芩,黄耆,地骨皮,甘草の9種類の生薬で構成されていて,平素体力が弱くて胃腸の弱い場合の頻尿,混濁尿,残尿感に用います。
【禁忌内容とその理由 】
禁忌(次の患者には投与しないこと)
1.アルドステロン症の患者
2.ミオパシーのある患者
3.低カリウム血症のある患者
[これらの疾患及び症状が悪化するおそれがある。
【慎重投与内容とその理由】
慎重投与(次の患者には慎重に投与すること)
(1) 著しく胃腸の虚弱な患者[食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等があらわれるお それがある。]
[理由]
本剤には地黄(ジオウ)・当帰(トウキ)が含まれているため、著しく胃腸の虚弱な患者に投与すると食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等があらわれるおそれがある。
(2) 食欲不振、悪心、嘔吐のある患者[これらの症状が悪化するおそれがある。]
[理由]
本剤には地黄(ジオウ)・当帰(トウキ)が含まれているため、食欲不振、悪心、嘔吐のある患者に投与 するとこれらの症状が悪化するおそれがある。
【副作用 】
1) 重大な副作用と初期症状
1) 間質性肺炎:
発熱、咳嗽、呼吸困難、肺音の異常等があらわれた場合には、本剤の投与を中止し、速やかに胸部X線、胸部CT等の検査を実施するとともに副腎皮質ホルモン剤の投与等の適切な処置を行うこと。
[理由] 本剤によると思われる間質性肺炎の企業報告の集積により、厚生労働省内で検討された結 果。(平成23年2月15日付薬食安発0215第1号「使用上の注意」 の改訂についてに基づく改訂)
[処置方法] 直ちに投与を中止し、胸部X線撮影・CT・血液ガス圧測定等により精検し、ステロイド剤 投与等の適切な処置を行うこと
2) 偽アルドステロン症:
低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加等の偽アルドステロン症があらわれることがあるので、観察(血清カリウム値の測定等)を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく記載。
[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状の種類や程度により適切な治療を行うこと。 低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う。
3) ミオパシー: 低カリウム血症の結果としてミオパシーがあらわれることがあるので、 観察を十分に行い、脱力感、四肢痙攣・麻痺等の異常が認められた場合には投与を中 止し、カリウム剤の投与等の適切な処置を行うこと。
[理由]
厚生省薬務局長より通知された昭和53年2月13日付薬発第158号「グリチルリチン酸等を含 有する医薬品の取り扱いについて」に基づく記載。
[処置方法]
原則的には投与中止により改善するが、血清カリウム値のほか血中アルドステロン・レニン活性等の検査を行い、偽アルドステロン症と判定された場合は、症状 の種類や程度により適切な治療を行うこと。 低カリウム血症に対しては、カリウム剤の補給等により電解質バランスの適正化を行う。
2) その他の副作用
消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、腹痛、下痢等
[理由] 本剤にはジオウ(地黄)・トウキ(当帰) ・サンシシ(山梔子)が含まれているため、食欲不振、胃部不快感、 悪心、嘔吐、下痢等の消化器症状があらわれるおそれがある。
[処置方法] 原則的には投与中止により改善するが、病態に応じて適切な処置を行うこと