茯苓杏仁甘草湯(ぶくりょうきょうにんかんぞうとう)
〔成分・分量〕 茯苓3-6、杏仁2-4、甘草1-2
〔用法・用量〕 湯
〔効能・効果〕 体力中等度以下で、胸につかえがあるものの次の諸症:
息切れ、胸の痛み、気管支ぜんそく、せき、動悸
『漢方精撰百八方』
47.〔方名〕茯苓杏仁甘草湯(ぶくりょうきょうにんかんぞうとう)
〔出典〕金匱要略
〔処方〕茯苓6.0 杏仁4.0 甘草2.0
〔目標〕証には、心下悸し、胸中痺し、短気喘息する者、とある。 即ち、心下が動悸し、呼吸促進し、喘咳があり、胸内塞がるが如き苦悶を感じ、脈沈微なる者、に適用される。
〔かんどころ〕動悸が劇しく、呼吸が迫り、又喘咳を伴い、胸がしめつけられるように苦しいもの、即ち劇しい時は心臓性喘息の発作時の症状であり、軽い時は心臓神経症で動悸が強く感じられる状態のものに適用される。
〔応用〕かんどころにあげた様な症状を目標にして、次のように用いられる。
(1)心臓性喘息等で脈沈微なる症。
(2)軽症狭心症、及び其の類症。
(3)心臓神経症
(4)軽症心臓弁膜症
(5)肺気腫及び其の類症
〔治験〕二十才の女子。心臓弁膜症があったが、農家で、畑仕事等を手伝っていたが支障がなかった。突然動悸を強く感じ、動けなくなり、臥床して一ヶ月になる。医治をうけているが、効果がないという。往診してみるに、寝ていて頭が動くほど動悸が強く、呼吸は短く息苦しいという。時々喘咳を伴う。脈は数、弱であるが沈ではない。腹力は中等度、心下にも動悸が強いが、かたくはない。本方を与えて二週間、漸次動悸がおさまり、床の上に坐れるようになった。更に二週間服薬したが、入院を希望し、服薬中止。動かしたためと、入院による環境変化で悪化、その後一時よくなり、退院したが、死亡した由。この例の様な、劇しい症状の時、一時的に効を得ることがある。 次の例は、三十二才の女子。心臓弁膜症があり、脈結滞、時に動悸劇しく息苦しくなる。痩せて虚弱で、仕事が出来ない。腹やや軟弱、わずかに胸脇苦満あり、臍傍に悸が著しい。脈やや沈弱、結滞がある。疲れると上気し、頭より上に汗が出やすい。 柴胡桂枝乾姜湯に茯苓4.0杏仁2.0を加えてこれを持続すること二ヶ月、心悸、漸次おさまり、体力も増し、普通に仕事ができるようになる。脈の結滞も減り、その後異状がない。 伊藤清夫
『明解漢方処方』 西岡一夫著 浪速社刊
56茯苓杏仁甘草湯(ぶくりょうきょうにんかんぞうとう)(金匱) 茯苓六・〇 杏仁四・〇 甘草一・〇(一一・〇) 心臓性の症候で、先ず呼吸困難を主目標にし、そのほか浮腫、喘咳、狭心症などの症ある者に用いる。老人で顔色のすぐれないものにこの証が多い。 南涯「この方は水、胸にあって気を塞ぐ者を治す。面色青く短気するものに応じるなり」と。また曰く「この方、上より気を閉じるもの故、最初より短気あり、苓桂朮甘湯は心下の痰飲によって、先ず胸脇支満、目眩、気上衝などあって、次に短気を発す。これ両者の違いなり」と。狭心症。心臓喘息。心臓性浮腫。 『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊 124 茯苓杏仁甘草湯(ぶくりょうきょにんかんぞうとう) 〔金匱要略〕 茯苓六・〇 杏仁四・〇 甘草一・〇~二・〇 〔応用〕 胸隔内に循環障害と、呼吸障害が起こって、胸の中に気がふさがったように感じ、呼吸困難を訴えるものに用いる。 本方は主として気管支喘息・心臓喘息・肺気腫・肺結核・気胸・肋膜炎等に用いられ、また肋間神経痛・心筋梗塞・狭心症およびその類症・心臓神経症・心臓弁膜症・食道癌・食道狭窄および打撲で痛みのために息が止まりそうだというものなどに応用される。 〔目標〕 第一が胸中の痞塞感で、呼吸促迫し、心動悸・喘咳、さらに胸痛・背痛・心背に放散する。脈は沈微のことが多く、腹は心下部が軟かで、とくに痞満や痞硬はないことが多い。 胸痺というのは、金匱に喘息咳嗽、胸背痛、短気、寸口脈沈遅、関上小緊数等とあることをもってみれば、心臓疾患のうち、心臓性喘息、胸背痛は狭心症、その他呼吸器疾患中、気管支喘息や肺気腫などの症状に該当するものである。 これらの症状で病状が激しく、諸方を試みて効なく、呼吸促迫、喘咳、浮腫、胸内痞塞等を目標として用いる。この方の味は淡泊で胸に滞らず、よく効果をおさめることが多い。 〔方解〕 主薬は茯苓と杏仁である。茯苓は中焦胃内の停水を去って、上方に迫る気をしずめ、杏仁は主として上焦胸隔に作用して、胸中の水を去り、気を引き下げ、血を温めめぐらす。甘草は二薬を調和させる。杏仁中に含まれるビタミンB15は喘息に有効なりという。 〔加減〕 食道癌で、嚥下困難を訴え、粘汁を吐くものに、利膈湯に本方を合方して用い、一時的なれども軽快することがある。 〔主治〕 金匱要略(胸痺心痛短気病門)残、「胸痺、胸中気塞短気スルハ、茯苓杏仁甘草湯ヲ主ル。橘枳姜亦之ヲ主ル」とあり、 勿誤方函口訣には、「此方は短気(呼吸促迫のこと)ヲ主トス。故ニ胸痺ノミナラズ、支飲喘息ノ類、短気甚シキモノニ用イテ意外ニ効ヲ奏ス。又打撲ニテ級痛ミ歩行スレド、気急シテ息ドウシガル(呼吸困難を訴える)者は、未ダ瘀血ノ尽キザルナリ。下剤ニテ下ラザルニ、此方ヲ用イテ効アリ。此方橘皮枳実生姜湯ト並列スル者ハ、一ハ辛開ヲ主トシ、一ハ淡滲ヲ主トシ、各宜シキ処アレバナリ」とある。 古方薬嚢には、「胸痺の病で、胸中に気が塞がったような気持がして、息苦しく、ハアハアするもの、胸痺の病とは胸中のむかつき、つまり陽気または熱気が衰えて血のめぐりが悪くなり、そのために起こる胸中の病のこと」とある。 〔鑑別〕 ○括呂薤白半夏湯21(胸中痺、喘息・胸背痛む) ○炙甘草湯60(心悸亢進・皮膚枯燥、手足煩熱、脈結代) ○竹葉石膏湯97(呼吸困難・咳逆少気、陽病、嘔逆、口舌乾燥) 〔治例〕 (一) 浮腫と呼吸困難を主訴とする腎臓炎 五歳の女児。皮膚病から喘息と浮腫を発し、医師の診断では、腎臓炎と心臓性喘息といわれた。 主訴は呼吸促迫、喘鳴が強く、小便は血のような色で、一回二〇ccぐらい、一日二~三回しか出ない。これに麻黄連軺赤小豆湯を与えたところ悪化し、喘咳しきりに、心臓の動悸激しく、頭や顔から冷汗が流れ、顔色蒼白、脈沈微濇で数えられないほどである。 そこで茯苓杏仁甘草湯にしたところ、落ちついて浅い眠りについた。その後五苓散を与えて好転した。(大塚敬節氏、漢方診療三十年) (二) 食道癌 六三歳の男子。食道癌ができ、切開してみたら、動脈にも波及していて、手術できないので、そのまま閉じてしまった。 その後一時軽快していたが、再び嚥下困難を訴え、食を吐くようになった。日々体力は衰え、死を待つばかりであるという。 利隔湯合茯苓杏仁甘草湯(半夏八・〇、山梔子三・〇、附子〇・五、茯苓五・〇、杏仁三・〇、甘草一・〇)を与えたところ、三日目から嚥下は容易となり、数日にして体力がつき、床を離れるようになったという。一ヵ月間は諸症軽快していたが、それから来なくなった。 おそらく病気が進行したためと思われるが、一時的にもせよ、嚥下障害が軽快し、体力が回復したことは、本方の効果というべきであろう。(著者治験) |