【一般用漢方製剤承認基準】
喘四君子湯(ぜんしくんしとう)
〔成分・分量〕 人参2-3、白朮2-4、茯苓2-4、陳皮2、厚朴2、縮砂1-2、紫蘇子2、沈香1-1.5、桑白皮1.5-2、当帰2-4、木香1-1.5、甘草1-3、生姜1、大棗2(生姜、大棗なくても可)
〔用法・用量〕 湯
〔効能・効果〕 体力虚弱で、胃腸の弱いものの次の諸症:
気管支ぜんそく、息切
『勿誤薬室方函口訣』 浅田宗伯著
喘四君子湯
此の方は其の人、胃虚して時々喘息を発する者に宜し。熱なくして短気が主になる症なり。若し熱あれば、一旦、麻杏甘石の類を用ひて解熱すべし。当帰を痰に用ゆること粉々説あれども、『千金』紫蘇子湯、清肺湯、蔞貝養栄湯の類、皆降気を主とするなり。本草を精究すべし。
『勿誤薬室方函口訣解説(76)』 細野八郎
喘四君子湯
喘四君子湯は『万病回春』の喘急門に四君子湯として出ている処方です。その主治によりますと、「気短くして喘するものは、呼吸短促して痰声なきなり。四君子湯、短気を治す」と述べてあります。
喘は呼吸困難のことで、喘がはげしくなると鼻をヒクヒクと動かしたり、口を開けて肩をもたげ、起坐呼吸をするようになります。また喘鳴があるのを哮(こう)といいます。哮の時は必ず喘(呼吸困難)を伴ってきますが、喘の時は喘鳴(哮)を必ずしも伴ってきません。ですから発作で呼吸困難と喘鳴があれば哮喘といい、呼吸困難だけなら喘といいます。一般に喘は虚証の喘息にみられ、哮喘は実証によくみられます。
『方函』に、まず「短気を治す」とあります。短気とは呼吸が途切れ途危れになる状態をいいます。ですから「気短くして喘する者」とは、いいかえますと、咳や喘鳴がなく、呼吸困難を起こしている虚証の喘息の状態に喘四君子湯は用いられるわけです。
『万病回春』の喘急門の初めに「喘するものは脾胃に痰がある」とあります。呼吸困難なら気管の機能異常をすぐ考えますが、脾胃の痰と喘とは、どう結びつければよいのでしょうか。このことについて少し考えてみましょう。もちろん東洋医学でも喘は、肺にまったく異常がないとは考えていません。ただ喘鳴がないだけで少量の痰があるとしています。そして痰の原因が脾胃の中の痰、すなわち脾胃の機能低下にあると考えています。そもそも、脾胃は「生痰の源」で、肺は「貯痰の器」といって、痰は脾胃の機能異常から生じ、肺の機能低下があると、この痰が肺に貯ってくると考えています。そのため喘四君子湯には脾胃の機能異常を治す生薬がたくさん入っています。人参、白朮、茯苓、甘草、陳皮は六君子湯から半夏をとった処方になります。縮砂、木香はさらに消化力を強くします。
先ほどから痰の話をしましたが、この痰は現代医学の痰と少し違っています。痰というのは脾胃の中にある生体に必要な液状物質が、機能異常のために代謝されず、粘度を増してきて、生体に有害になったものをいいます。一般に液体は熱が加わると粘度を増します。痰も生体の中に発生した異常な熱でできてきます。この異常な熱を火といいますが、火にはいろいろのものがあります。
喘息では腎の機能異常から発生する火が、痰の生成に関係して重要になってきます。ですから喘息は、腎の機能の悪い小児期とか、老年期に多発し、腎の機能が最盛期になる壮年期に治るので、この腎の火の消長で喘息を説明しようとする学者もあります。ところでこの火が体の弱っている時に発生したのを虚火といっていますが、喘四君子湯は、虚火による喘息に効果があります。処方の中の当帰は肝の火を、沈香は腎の火を、桑白皮は肺中の火を鎮火します。
喘息の発作の時に一番問題になるのは、肺の中の火です。これが激しいと、痰は粘っこくなり、切れにくく黄色になって、呼吸困難が強くなります。桑白皮はこんな時に効果的で、たとえば麻杏甘石湯に桑白皮を加えた「万病回春」の五虎湯は麻杏甘石湯で発作が止まらない場合でも、痰の切れをよくして発作を鎮めてくれます。
また喘息は精神的興奮から発作を起こしてくることがよくあります。喘息患者は神経過敏の人が多く、怒りやすく、いらつきやすいものです。このような人を肝火が亢進しているといいます。実証であれば、柴胡、黄芩のある小柴胡湯で肝の火を処理するのですが、虚証ではこのような寒性の薬を用いることができません。そこで当帰で肝の機能を亢め、発生した肝の火を間接的に鎮火させようとしています。
そもそも病的な火は、その臓器の機能が正常であれば発生しないものです。脾胃も当然、火が発生していますが、黄連や石膏などの寒性の強い薬で消すわけにはいきません。そこで当帰の肝の火を鎮火させたように、脾胃の機能を人参、甘草、茯苓、白朮、陳皮、縮砂、木香などで強めて、脾胃の火を鎮火する方法をとっています。このように喘四君子湯は痰の発生する原因を治して喘息を治す処方です。ですから発作の時に即効性はありません。そのことを「方函口訣』では、「熱なくして短気が主なる症なり、もし熱あれば一旦麻杏甘石の類を用いて解熱すべし」と書いています。
この場合の熱は肺の中で、しかも熱の勢いの強い実熱のことをいっています。肺の実熱による発作はよく見られます。麻黄で発表し、石膏で清熱する必要があります。それが「麻杏甘石の類で解熱すべし」の意味です。また、虚証でも喘鳴、咳、切れにくい痰、呼吸困難がある発作であれば、肺に実熱がある実証の発作として麻杏甘石湯で肺熱をとる必要があります。そして発作が鎮まれば喘四君子湯を用います。
江戸時代中期に、京都に和田東郭という名医がいました。東郭は喘息の治療に苦心して、次のような治療方法を考えたと『蕉窓方意解』の中で述べています。それによりますと、「生まれつき壮実で脈や腹に力がある人は麻杏甘石湯で即効する。しかし虚弱な人で脈や腹に力がない時は、麻杏甘石湯を用いると悪化することがある。こんな時には『局方』の蘇子降気湯を用いる。もっと虚の状態が強ければ喘四君子湯がよい。喘四君子湯は老人、虚人、あるいは大病後など全身状態が悪い時の短気や喘咳にも効果がある」といっています。
この東郭の考えでもわかるように、喘四君子湯は体力や気力の衰えているような状態に用いる処方です。私どもの診療所の統計によりますと、自覚的には食欲がなく、胃がもたれたり、胃のところがチャブチャブと音をたてるなど、胃の症状や足が冷えると訴える人が多くみられました。他覚的には骨細の体格で、顔は青白く、あるいは黄色味を帯び、痩せて神経過敏で、脈の力が弱く、舌苔はほとんどなく、湿りが強くやや赤味を帯びた舌状をしています。腹部は軟弱か、あるいは薄い板を張りつめたような、心下部または両側の薄い弱い腹直筋の緊張などがみられます。また肋骨弓角は狭く心下部に振水音がみられます。胸部は呼吸困難があるのに喘鳴や乾性ラ音が少なく、実証の喘息と大分違っています。これが短気の客観的な証拠であろうと思います。
以上のような自他覚的症状のある患者に、喘四君子湯はよく効きます。この処方を飲んでいると体力がつき、次第に発作が起きなくなります。しかし時には実証性の激しい発作が起こることがありますが、こんな時には麻杏甘石湯で一時的に処置したり、麻杏甘石湯を併用して治療します。
喘四君子湯につ感ていろいろ述べてきましたが、この処方は虚弱者の、虚証の喘息に用いる薬です。虚証の時には、麻黄や石膏など、強い薬で攻撃できないので、まず生体のもとである脾胃の調理より行ないます。そのため、六君子湯を中心とした、この処方は非常に役立ちます。また六君子湯から半夏をとってあるのは、半夏が虚証のきれにくい痰の発作に悪影響を与えるためです。虚証になっていると神経過敏になって、少しの刺激でも発作を起こすので、沈香、蘇子、木香で亢ぶった精神状態を鎮静しながら、呼吸困難を軽減します。またこれらの薬は脾胃の機能を促進する作用もあるので、当帰や沈香の肝の火を鎮火する作用と共同して、脾胃の機能は喘四君子湯服用によって正常化してゆきます。そして脾胃の正常化は肺の機能の正常化につながり、喘息の体質改善へとなってきます。
『臨床応用 漢方處方解説』 矢数道明著 創元社刊
57 四君子湯(しくんしとう) 〔和剤局方〕
人参・朮・茯苓各四・〇 甘草一・五
この四味の性は温、味は甘で、君子中和の徳に似ているから四君子湯と名づけたという。古方の人参湯の類似方で、人参湯の方中より乾姜を去って茯苓を加えたものである。一般には乾生姜〇・五~一・〇、大棗一・〇を加えて用いることが多い。
〔加減〕
喘四君子湯 人参・厚朴・蘇子・陳皮 各二・〇、茯苓・朮・当帰 各四・〇、縮砂・木香・沈香・甘草 各一・〇、桑白皮 一・五
胃腸虚弱者の喘鳴と呼吸困難の激しいときに用いる。他の薬方が胃にもたれて受けつけないというとき、肺結核の末期・肺気腫・気管支喘息・気管支拡張症などで胃障害をともない症状激しいときに用いる。
『漢方医学 Ⅲ 病名別解説篇(その1)』 財団法人日本漢方医学研究所 (山田光胤)
b.虚弱体質で麻黄剤を用いがたい場合
6.喘四君子湯
胃下垂,胃アトニーが甚しく,胃腸が弱く,常に食欲不振,下痢しやすい人が,喘息症状で苦しむときによい。やせて元気がなく,顔色がわるく,冷え症で,常に食欲が減退し,下痢しやすい。腹部は皮下脂肪が少なく,腹力がなく,心下部に振水力が著明にみとめられる。
この薬方は,胃腸の機能を改善し,体力をつけつつ,喘息症状を軽快させる効がある。