〈勿誤方函口訣〉 浅田 宗伯先生
此方は中気虚して腹中の引っぱり痛むを治す。すべて古方書に中と云ふは,脾胃のことにて建中は脾胃を建立するの義なり。此方は柴胡別甲,延年類,解労散なとの如く,腹中に痃癖(硬結)ありて引ぱり痛むと異にして唯血の乾き, 俄に腹皮の拘急する者にて,強く按ぜば底に力なく,譬えば琴の糸を上より按すが如きなり。積聚腹痛などの症にしても,すべて建中は血を潤し,急迫の気を緩むるの意を以て,考え用ゆべし。全体腹ぐざぐざとして力無く,その内にここかしこに,凝りある者は此湯にて共あり,即ち後世大補湯,人参栄養湯の祖にして補虚調血の妙を寓す。症に臨んで汎く運用すべし。」
〈古方薬嚢〉 荒木 性次先生
腹中急に痛む者,その痛み工合は引っぱられるように痛むもの多し。胸の動悸高き,身体疲れ易く,手足の裏ほてり,時に鼻血を出したり,腹痛したり,動悸したり,手足だるく絞められるように痛みたり,又は唇口中などはしゃぐ者,顔色勝れず,身体痩せ,動悸したり,腹痛みたりして小便の回数多き者などに本方の証多し。しかし,身体肥え,顔色良くして,本方の証の者もあり,いわゆる見掛け倒しの体格というべし。
〈漢方の臨床〉 第16巻第8号 竜野 一雄先生
(1) 名称
建とは「体を高く立てて歩く」ことで(漢字語源辞典)人篇をつければ健となり、建中とは弱まった脾胃をおぎなってしゃんとさせることである。小は大に対していう言葉で,大建中湯が脾胃の虚と寒が強いのに対して小建中湯はただ脾胃の虚だけで寒はない。症状も大建中湯ははげしい時があるが,小建中湯の方はそんなことはない。
(2) 処方の構成
小建中湯は桂枝加芍薬湯の甘草を増量し,膠飴を加えたものである。(中略)
桂枝は気味辛温で,衛気を補い,腎の陽気を補い,腎の陽気の虚によって起る上衝,頭痛,悸,小便不利等を治す。
芍薬は気味苦平で,栄気を補い,大量に使うときは裏の陰気を補い,血虚による筋急(傷寒論弁脉法3)を緩め,背,腹の筋緊張を治す。また火生土の五行相生の関係から脾を補う作用がある。
甘草は気味甘平で,心胸の陽気,胃気を補い,また急迫を治す。
大棗は気味甘平,薬能は甘草とほぼ似ているが,甘草は全身的に,大棗は胸に作用することが多い。
生姜は気味辛温で,甘い薬が胃になづむことを防ぎ,併せて心胸の陽気を補う。
膠飴は気味甘平で,専ら脾胃の虚を補う。
(3) 用途
1 症状
桂枝加芍薬湯は腹部だけの局所的疾患が対象になるが,小建中湯は腹部と全身的にもっと疲労性が加わったもの,全身的に虚労の状態で処方内の薬物の有効な範囲の疾病に対して使われる。但し小建中湯は一番虚労の場合に使うことが多いが,傷寒論にも出ているように虚労でなくとも太陰病などで使うこともある。
虚労は金匱要略消渇小便利の237条に虚は衛気の不足で,労は栄気が竭きたものだと書いてある。即ち虚労とは栄衛の虚を云ったことがわかる。金匱要略虚労病を見ると虚労は決して一種類ではなく,上の心胸の虚労は炙甘草湯,中の脾胃の虚労は小建中湯,下の腎の虚労は桂枝加竜骨牡蛎湯,天雄散,八味丸が使われ,その他,表裏の虚労は黄耆建中湯,肝の虚労は酸棗仁湯,血の陰気の虚労は大黄蟅虫丸,気血の虚労は薯蕷丸が使われる。
小建中湯の適応症になる虚労の主な症状は金匱要略の虚労病を読むとわかるが,その症状を全身的と局所的とに分けると
全身的には疲労感,貧血,発汗,盗汗,手足煩,目眩
局所的には胸部なら喘,悸,息切れ,胸満,腹部なら下痢,腹満,食欲不振,下腹部なら陰痿,失精,少腹弦急,小便不利又は自利,夜尿,背部なら肩こり,最長筋の凝り,疲労感,腰痛,頸部ならリンパ腺腫脹などが起こる。
虚労とは瘀血は自覚症と他覚症との間に対応でなく反って矛盾があることがしばしば観察される。
例えば他に熱証がないのに手足煩,咽乾口燥し,年令はまだ若いのは五六十才ぐらいの老人性の症状が出たりする。
ことに症状と脉との間には矛盾を認めることが多い。例えば 表証がないのに脉は浮になったり,腹鳴や頸部リンパ腺腫脹があって脉は沈か弦になりそうなのに大脉であったり,虚寒なのに脉は弦而だったりする。
※蟅:本来は庶の下に虫。蟅で代用。
『漢方古方要方解説』 奥田謙三著 医道の日本社刊
小建中湯<ショウケンチュウトウ>(傷寒論及金匱要略)
桂枝 生薑 大棗各一・八 甘草一・二 芍薬三・六 膠飴一六・〇
右六味、水一合四勺を以て、先づ五味を似て六勺を取り、滓を去り、後膠飴を入れ、更に微火にて溶解せしめ、之を一回に温服す(通常一日二、三回)。
「嘔家ハ建中湯ヲ用フ可ラズ。甜キヲ以テノ故也。」
此の方、成本に在りては甘草の量稍や多く、金匱要略に在りては生薑の量稍や少なし。今、類聚方広義の改むる所に従ふ。
此の方、能く中気を建立す。故に之を建中湯と名くと。
又、小と称するは、其の大建中湯に比して作用緩和なるを以てなり。
此の方は、桂枝湯の去加方と見做すべきものにして、即ち其の原方中に於て芍薬を増量し、更に膠飴を加味せるものなり。然るに成方の上より之を見れば、膠飴は本方の主薬なり。
薬能
膠飴 コゥイ しるあめ(汁飴)、若くは其の固形柔軟なるもの。其性能
薬徴続篇に云く
「膠飴ノ功ハ蓋シ甘草及ビ蜜ニ似タリ。 故ニ能ク諸々ノ急ヲ緩ム」と。
又、古方薬議に云く
「味甘温、虚乏ヲ補ヒ、気力ヲ益シ、痰ヲ消シ、嗽ヲ止メ、五臓ヲ潤ホス」と。
本方証
小建中湯の証として、傷寒論に挙ぐる主なるものの要を摘めば
(一)傷寒、脈渋弦にして、当に腹中急痛すべき証。(太陽病中篇)。
(二)
『明解漢方処方』 西岡 一夫著 ナニワ社刊
p.48
小建中湯(しょうけんちゅうとう) (傷寒論,金匱)
処方内容 桂枝 大棗各四・〇 芍薬六・〇 甘草 生姜各二・〇(一八・〇) 以上の煎剤に膠飴二〇・〇を溶解する。
必須目標 ①虚弱体質で疲労し易い。 ②小便の回数も量も多い。 ③腹壁薄く直腹筋拘攣している。 ④痩型で寒さを嫌う ⑤食慾異常なし
確認目標 ①口中乾燥(体液の欠乏) ②心悸亢進 ③腹痛 ④衂血 ⑤手掌足心煩熱 ⑥夢精 ⑦下痢
初級メモ ①本方の目標は虚労である。虚労とは精神や肉体を使って起した疲労でなく、虚弱虚弱体質の貧血性の疲れを指し仮令え丈夫な体の者でも病後には、一時的にこの状態になる。もっとも虚労の名称は古方のものでなく後人の名付けたものであろう。
②虚労して貧血し腹中冷えて腹筋ひきつれ腹痛するのが本方の正証であって、上逆に二次的な客証である。
③本方の建中湯の名称は、多分後人の作で南涯は古今録験(書名)にあるように芍薬湯が正名であろうという。建中とは中焦を建てるの意であるが、こ英方は中焦(脾胃)というよりも腹部に中心があり、且つ中焦の名称自身、古方でない用語である。
中級メモ ①原典に「嘔家は建中湯を与うべからず、甜(あま)きをもっての故なり」というが、これは後人の説で実際に適さないことが多い。
②「腹中急痛する者は先ず小建中湯を与え、癒えざる者は小柴胡湯を与えて之を主る」とあるように、その両者の腹中痛は区別し難いが、一応の鑑別点として嘔気あるは小柴胡湯、嘔気ないのは小建中湯と考えてはどうか。実際には小柴胡湯の腹痛は少なく、嘔気あるときは黄連湯の胃痛が多い。
③南涯「病裏にあり。血滞し、裏気急して上逆する者を治す。その症に曰く、急痛、煩、これ裏気の急なり。曰く痛、悸、これ血滞なり。曰く衂、悸して煩、これ上逆なり。心中悸して煩する者は気急して血滞少なし。その腹中痛む者は血滞多くして気急未だ劇しからず。悸して衂して腹中痛む者は血滞多く気急も劇しきなり。この方桂枝加芍薬湯に較べて気逆甚しく急迫する故に甘草を倍にし膠飴を加う」。
適応証 虚弱児の感冒、腹痛、夜尿症、脱腸。結核性腹膜炎。結膜炎。黄疸。
類方 当帰建中湯(金匱)
小建中湯に当帰四・〇を加える。小建中湯症に瘀血の証の加わったもので、直腹筋も左側が拘攣す識。やせた婦人の腹痛、腰痛、帯下を目標にする。帰耆建中湯で代用してもよい。小建中湯も本方も同じく腹痛であるが、小建中湯のように上逆の症(動悸、心煩、衂血)はない。
文献 「小建中湯を語る」大塚他(漢方の臨床4,2、48)