漢方ではよく「肝と腎とは関係が深い」とは申すのですが、いざ文献となると、仲々良いものが見つかりませんでした。
五行(ごぎょう)説について
漢方の理論に五行説というものがあります。
もともとは、古代中国の人が鋭い観察力で全てのもの(森羅万像)を観察し、法則性を見出したもので、素朴な自然哲学であり、これを医学にも利用しました。
万物を木(もく)・火(か)・土(ど)・金(ごん)・水(すい)の5つのグループに分類します。
これを表わしたものが、五行色体表(ごぎょうしきたいひょう)と呼ばれるものです。
<五行色体表>
臓 | 腑 | 五色 | 五味 | 志 | 官 | 体 | |
木 | 肝 | 胆 | 青 | 酸 | 怒 | 眼 | 筋 |
火 | 心 | 小腸 | 赤 | 苦 | 喜 | 舌 | 血脈 |
土 | 脾 | 胃 | 黄 | 甘 | 思 | 口唇 | 肌肉 |
金 | 肺 | 大腸 | 白 | 辛 | 悲憂 | 鼻 | 皮毛 |
水 | 腎 | 膀胱 | 黒 | 鹹 | 恐驚 | 耳 | 骨=歯 |
横一列を1つのグループとしてとらえます。
例えば、この『水』のグループには、「腎」・「膀胱」・「黒い色」・「しょっぱい(塩からい)味」・「恐怖心・不安感・驚き・ショック」・「耳・ニ陰=大小便の出口、つまり尿道と肛門」・「骨・歯」・「髪」・などの全てが水のグループです。単に「腎」と称した場合、五臓の腎を指す場合と、この水のグループ全体を指すことがあります。
五つのグループはそれぞれ関係があり、特に重要なのが「相生」と「相克」です。
相生(そうしょう、そうせい)は、母子関係とも言い、『母が子を産み育てる関係』『守りあう関係』と考えます。
母が弱っていると、子は守ってもらえずに子も弱ってしまいますので、症状が出ているグループの母のグループにも注目するのが漢方流です。
相剋(そうこく)は、主従関係とも言い、グーチョキパーのじゃんけんの様に、「主」が「従」に勝って、全体の力関係のバランスがとれている状態が理想です。
この五行説に関連する言葉は生活の中でも使われています。
「肝胆相照らす(たがいに心の底まで打ちあけて親しくつきあう)」、お酒を飲んだ時の「五臓六腑にしみわたる」、「青春」や北原白秋の「白秋」も五行説からのようです。
また、「青筋を立てて怒る」という言葉がありますが、「青」も「筋」も「怒」も全て「木」のグループに属します。
肝腎要(かんじんかなめ)という言葉があります。最近は、肝心要と書くことが多くなってきたようですが、本来は肝腎要が正式で、腎の文字が心に比べると難しく、常用漢字(以前の当用漢字)にもないので、心の文字で書き換えているようです。肝腎要の言葉の意味(非常に重要である)のとおり、肝と腎は東洋医学では非常に重要視されています。
更に重要なことは、腎と肝は相生(母子)関係にあるので、弱った肝を強めるには、腎も強める必要があるということです。
肝臓と腎臓との相互作用につきましては、『漢方治療の方証吟味』という本のp.10辺りに書かれております。
概要は、「高度の腎障害を実験的に起こさせた家兎で、腎臓に極めて親和性が強いフェノールフタレインを使って、肝臓の胆汁分泌の検査をやっているとき、正常家兎なら肝臓からはほとんど排泄しないはずの同色素が90%以上も排泄される。逆に肝機能障害家兎をつくり、肝に親和性の高いアゾルビンSを与えると、腎から排泄される。肝臓と腎臓の相互補完助的作用が認められた」ということです。
昭和53年に発行された本で、40年以上前と書かれていますので、かなり古い内容です。
なお、著者の細野史郎氏は、漢方をやってる人なら知らない人はまずいないと思われる程の有名な先生です。(確か、平成元年には他界されていると思います)
また、p.7においては、「五苓散加商陸附子(ごれいさん か しょうりく ぶし)」という薬方で、肝硬変による腹水を治療し、肝硬変まで良くなっています。五苓散加商陸附子は、水分代謝を良くする薬で、一般的には腎機能の改善に使われるもので、肝臓に良いと言われるものではないのですが、腹水を除くことにより肝硬変まで良くなってしまっています。腎機能を高めて肝機能を改善した例と考えられます。
古典では、和田東郭(わだとうかく)による、次のものがあるようです。
以下、抜粋
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「肝腎要め」という言葉がありますが、和田東郭は肝腎について時計の重り(腎)とてんびん(肝)の関係にたとえて次のように述べています。
「腎気虚損してある人は肝気上へつき上がり下らぬものあり。手足などけたりとなりて(力がなくなって)用いられざるようになるものなり、このわけは時計の如きものなり。時計の下の重りあれば上のてんびんはひらひらとよく廻るものなり。もしその重り取れる時は、きゅっと上へつり上がって上のてんびんも廻らぬようになるなり。しかし、又再び重りをかければ本(もと)の如く廻るなり。
人の腎気はこの重りと同様のものと心得べし。上部の損したるまでなれば治し易きものなれども、重りなしには治せられず、腎気は最も大切な者なり。
肝気いかほどたかぶりても腎気実したる人は取りかえし(快復)出来るものなり。総じて病の土基は肝より起こることなれども、性命の根底は腎気にあることを知るべし。」
これは病の土基(主因)として肝臓の解毒機能との関連を重視したものと考えられることと、もう一つ、肝を治そうとするなら腎機能が大切で、肝腎一体にて治せよという意味で、肝炎等に漢方で対応する際の参考になるものと思われます。
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古くから肝臓と腎臓が重要視されていたようです。
この和田東郭も有名な漢方家です(江戸時代)。
なお、お断りしておきますが、東洋医学の肝や腎は、「働き」を基につくりあげた観念的なものですので、実際の臓器とは直接の関係はありません。
西洋医学が入ってきた時に、東洋医学の言葉を借りて使用したので、混乱が生じました。肝は西洋医学の肝臓とほぼ近いものですが、腎は腎臓の他、副腎、生殖器等を含み、かなり広い意味があります。
また、「肝は怒気をつかさどる」という言葉がありますように、東洋医学的には、感情なども各臓器に関連があり、西洋医学でいう「脳」という概念はもともとは無いようです。また、「膵臓」もありません。逆に五臓六腑の一つである「三焦」は、西洋医学的な臓器であてはまるものはありません。
ですから、東洋医学でいう腎と肝との関係を西洋医学的な腎臓と肝臓で説明するのは、厳密に申せば誤りなのですが、このことは余り問題にせず、一般的には同じように扱っています。
私としては五行説とはあくまでも「便法」ととらえています。
五行説で全てを説明しようとすると、矛盾を生じることがあります。五行説の基本的な概念に相生・相克がある旨を申しましたが、時には逆の流れになることもあり、これがどのような時になるのかはっきりした基準はなく、時と場合によるようです。
例として、通常、水は火を消します(水克火)が、火の勢いが強すぎると「焼け石に水」となり役に立たないばかりか、油による火災に水を注ぐと、逆に火を広げてしまうように、逆の働きをすることがあります。
このように、五行説には色々と問題はございますが、臓器が関連しているとの認識は重要と思われます。特に腎と肝との関連が深いのは、漢方の世界では常識のようなものになっていますので、